大学発の研究開発型スタートアップが、乗り越えてきた上場までの道のり
マイクロ波化学株式会社は、世界で初めてマイクロ波を用いた大型化学プラントでの製造プロセス開発に成功した大阪大学発ベンチャーです。
2015年にはJSTの大学発ベンチャー表彰にてNEDO理事長賞を受賞しています。創業時から上場にいたるまで、いくつもの壁を乗り越えてきた経験について、同社代表取締役社長の吉野 巌さんにうかがいました。
マイクロ波化学とは…
化学産業におけるさまざまな加熱操作に対し、マイクロ波を適用することで効率的なエネルギー供給プロセスを実現する技術。
化学産業のエネルギー消費量を大幅に減らし、カーボンニュートラルの実現に貢献するほか、反応時間や処理時間の短縮、設備の省スペース化、収率の向上、加熱による従来の製造方法では実現できない新しい物質の製造など多くのメリットがあります。
吉田) 東京証券取引所グロース市場に上場(2022年6月24日)おめでとうございます。早速ですが、スタートアップの課題の一つに資金調達があります。御社のケースで言えば、一号プラントを自社で建設したことが、とりわけ大きな決断だったと思いますが、どんな資本政策を取り、補助金などをどのように活用されましたか。
吉野さん) 最初のプラント建設費用のうち、マイクロ波にかかわる部分は実は1/10程度で、残りのほとんどはタンクや蒸留塔、建屋などに費やしました。これをすべてVCからの資金で賄うことは難しく、助成金や政策金融公庫を活用しました。特に、ものづくりは仮説の検証に時間がかかる傾向があります。たとえばプラントを建てて検証し、方向を修正するとしても3年は必要ですので、そのたびに何十億と資金を調達するのは無理があります。そういう意味でも助成や借入が重要だと思います。
吉田) トライ&エラーの過程では、やり切らないと方向転換もできませんし、そのかじ取りには苦労されたことだと思います。
吉野さん) こだわりすぎは危険ですが、一方である程度まで試さなければ結論が出せないので、さじ加減は難しいですね。最近は「目標を定めてバックキャストする」やり方が主流ですが、スタートアップにとっては、その目標が正しいかどうかも明確ではないので、あいまいさやカオスの部分を残しておくべきだと考えています。
吉田) 偶発性を大事にされているということですね。
吉野さん) はい、遠いところに目標を定めることは重要ですが、3年後の目標などを決めすぎることは良くないと思っています。
吉田) 御社の技術は、カーボンニュートラルへの貢献という点で注目を浴びていますが、ようやく時代が追い付いたという感じでしょうか。
吉野さん) 化学産業はレガシーの仕組みが強く、安定・安全を重視する業界です。あえてリスクのある新しい技術に置き換えるのは困難でしたが、企業にとってカーボンニュートラルへの取り組みが必須の時代になり、問い合わせは急増しています。当社には10年以上の実績があり、技術も熟成してきたということもあって、事業が一気に成長していると思います。
吉田) 今回の上場で得た資金は、中長期的にどのように活用していくお考えですか。
吉野さん) 近い将来には、海外展開も考えています。いま、いくつか海外のプロジェクトを進めていますが、これらの進み具合を見ながら、新たに資金を調達し、小さな拠点でもいいので、欧州とアメリカに実証設備を作ろうと考えています。住之江のような研究所が海外にもあれば、お客さまと装置を見ながらディスカッションできますし、マイクロ波によるものづくりを浸透させる第一歩になると思います。
吉田) 我々も海外実証の支援をしておりますので、上手に使っていただければと思います。

標準化、パッケージ化という次のステップに向けて
吉田) 御社は、日本でも有数の事業会社と連携、いわゆるオープンイノベーションをしておられますが、プロジェクトを進めていく上で注意していることなどはありますか。
吉野さん)事業会社とのビジネスで気をつけていることは2つあります。1つ目は、お客さまとの打ち合わせや交渉には、技術がわかる研究者やエンジニアと、事業がわかる人間とが必ずペアを組んで臨むことです。2つ目は、お客さまの課題に対してマイクロ波が本当に有効なソリューションになりうるのか、しっかりとすり合わせをし、お互いに意味のあるプロジェクトになるように心がけています。
吉田)事業会社にもそれぞれ個性があり、人事異動もあるなど、特有のやりにくさもあったのではと推察しますが、事業会社の側への要望はありますか。
吉野さん)メーカーの経営者の方からよく聞くのは、過去成功した事例には組織の枠にとらわれない人が関わっているということです。つまりベンチャーとのカルチャーの違いを理解し、場合によっては一気に経営まで話を上げてしまうような、組織の壁を越えられる人が必要だということです。ですが、そういう人ってたいがい偉くならないようで(笑)。こういう人が評価される仕組みがあると良いと思います。
吉田)なるほど、これからイノベーションを考えるなら、事業会社のセオリーにとらわれない、突破力のある人が大事だということですね。
吉野さん)組織の作法を度外視できる人を正しく処遇する仕組みがあれば、スタートアップとの連携はさらにうまくいくと思います。
吉田)では最後になりますが、御社の未来像について聞かせてください。
吉野さん)次のステップは標準化だと考えています。ここまでいろいろなプロジェクトを経て、集めたパズルのピースをパッケージ化し、標準化して、積極的に市場化する。そうすることでお客さまは導入コストを抑えることができますし、技術の安定性や安心感も高まると思います。
吉田)2030年のCO2削減目標もあり、ますます御社の技術への期待は高まります。これまでNEDOの事業を複数活用いただいてきたと思いますが、御社の成長に役立つことができたでしょうか。
吉野さん)もちろんです。当社のようにプラットフォーム型の事業を目指す企業にとって、いくつかのプロジェクトを行えたことは非常に大きいです。ものづくりの技術の発展には、結果はどうあれ設備投資をしなければならないときがありますが、そうしたステージごとに適したメニューが用意されていて、おかげで成長のステップを上ることができたと思います。
吉田)御社のようなケースでは、投資家への説明や株主の理解が大変だと思うのですが、どうやってそれをクリアしてこられましたか。
吉野さん)答えになっているかわかりませんが、何年か前、アメリカのVCからは「プラットフォームなんかやめて、何か一つ商品をつくってそれを大きくしろ」と言われました。また、最近中国の投資家と話したときには「尊敬している。中国だったら絶対に無理だった」と。中国もアメリカも、もっと短期のリターンを狙ってきますが、日本のベンチャーのエコシステムはそれよりも少し我慢強いのでしょう。NEDOの存在も、日本の強みの一つかもしれません。
吉田)我々からすると、まさにそれが高い期待値です。グローバルで見ても日本のハードテクノロジーにまだ強みがあるなかで、御社のような形のスタートアップが続くことを願っています。今日はお忙しい中、ありがとうございました。
