AIを活用したバイオ生産マネジメントシステムの開発/株式会社ちとせ研究所

AIを活用したバイオ生産マネジメントシステムの開発/株式会社ちとせ研究所

NEDO Startups FutureAIものづくりライフサイエンス

AIを活用したバイオ生産マネジメントシステムの開発

培養器
コンボリューショナルデータを取得するために各種センサーを設置した培養器の図

株式会社ちとせ研究所 

取材: January 2022

「データ×AI」で効率的・安定的なバイオ生産技術の確立に挑む~ちとせ研究所~

食品や化学など様々な業界における生物資源を活用した”バイオ生産”。身近なものでは酒や味噌などの発酵食品も「バイオ生産」の製品です。「バイオ生産」は、近年ではこういった食品や医薬品だけでなく、プラスチック等の工業製品の原材料生産などへの利用も見込まれ、持続可能な社会における「ものづくり」の要になると期待が寄せられています。
しかし、バイオ生産の技術は、長年熟練技術者の感覚や知恵に頼る部分が大きかったため、効率化と安定化が難しい分野でもありました。
バイオベンチャー企業「ちとせ研究所」では、バイオ生産の現場に業界横断型の人工知能(AI)システムを導入。そこで収集したデータを効率的に活用するための業界共通データ基盤の開発に取り組みました。AIによる微生物培養手法の最適化で、培養効率の大幅な向上を目指しています。

●〈企業INFORMATION〉ちとせ研究所●
ちとせ研究所は、食品や化学などの様々な業界において、幅広い生物(微生物・培養細胞・微細藻類など)の育種・培養技術を有し、生産現場の課題解決に貢献しています。
バイオ領域における新規プロジェクト立案、シーズ技術構築、実用化研究開発、事業化支援・コンサルティングをグループ各社と連携しながら実施しています。

日本のバイオ技術をIT化し、世界市場のリードを目指す

自動車の「自動運転」や、遠隔地からでも最適な医療を提供できる「遠隔診療」― IoTやAI、ビッグデータを用いた技術革新が叶える未来の暮らしが、すぐそこまで来ています。
世界ではアメリカや中国などの有力企業を中心に革新的なデジタルで製品やサービス・システムが市場を開拓・占有する一方、日本は優れた技術力を持ち、現場で得た豊富なリアルデータを保有しながらも、こうした強みを社会や経済の仕組みに生かす枠組み作りが進んでいないのが現状です。
この課題を解決すべく、NEDOでは、業界内で利害を超えて連携しデータを共有、システム開発をするためのプロジェクトを展開。
豊富なリアルデータとAI等の技術を融合させて社会課題を解決し、新しい価値の創造することを目指します。

※プロジェクト詳細:「Connected Industories推進のための協調領域データ共有・AIシステム開発促進事業」(実施年度:2019~2021年度)

プロジェクトメンバー ちとせ研究所×NEDO

プロジェクトメンバーの写真 男性が5人並ぶ様子
対談参加メンバー
(左下:ちとせ研究所 笠原さん、右下:同 切江さん
左上:NEDO 川上、上:同 工藤、右上:同 河﨑)

業界の要に―データ連携への一歩を踏み出す

(聞き手)
――今回のNEDO事業に取り組むまでの経緯についてまずはお伺いしたいのですが、業界においてデータ連携を通じた協調を進めていくにあたって、どのような状況が存在していたのでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)
2018年頃のお話ですが、バイオモノづくりに関与する生物や菌そのものを作ることの研究には資金が投入されているものの、生産菌を増やし、ものを作らせる培養技術の研究にはあまり資金が投入されておらず、当時の経産省バイオ課や業界内との座談会の中でも、なんとかデータを集めてAIを使って培養を効率化するべきではないかという問題意識を持っておりました。ただ、データ連携を進めようにも、そもそもバイオ業界には、AIを訓練するのに適した培養データの蓄積自体がなかったため、効率的に培養をマネジメントするシステム開発を進めることが困難な状況でした。まずはAIの訓練に適した培養データ蓄積自体を1からスタートする必要がありました。

(聞き手)
――ありがとうございます。そういった業界の状況の中で、御社はどのような立ち位置を築いていらっしゃったのでしょうか?また、当時事業を開始する前にどのような課題を抱えていらっしゃったのでしょうか?

     
ちとせ研究所笠原さん 男性の顔写真

(ちとせ 笠原さん)
当社(ちとせ研究所)はもともと研究受託をしていた企業のため、各社からデータや菌そのものをお預かりして研究成果をお返しするといった事業も手掛けておりました。これにより、業界の中では中立的な立ち位置でデータ連携の基盤を作りやすい立場にあったことは間違いないかと思いますが、前述のとおり、事業開始前にはまずデータ基盤もデータ蓄積も何もない状態からのスタートでしたので、いかに業界各社をうまく巻き込んでデータ収集を進めていくかが課題でした。

各社を「データでつなぐ」ビジネスモデルで、業界を次のステージへ

(聞き手)
――今回のNEDO事業においては、データ連携の枠組みをどのように作られたのでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)
最初は経産省のバイオ課旗振りの座談会などを活用させていただきました。こういった場を設けていただけたおかげで、これまでの業界内の顧客に対して各社様に丁寧に声掛けを進めることができました。初めての試みでもありましたので、まずは一般社団法人 環境共創イニシアチブ様の産業データ共有促進事業の機会をいただくことから始まりました。同事業期間中に、データ共有のための契約交渉を丁寧に進めて各社様から合意をいただくことができ、その後のNEDOの事業では、より多くの企業を巻き込んだ形で本格展開を進めていくことができました。
具体的なデータ連携の仕組としては、各社様から培養時のデータを、コンボリューショナルデータ(Conv.Data)(注)として収集し、当社にて開発しているAIが学習した上で、成果としての最適な培養のマネジメントシステムに実装可能な予測モデルとして各社様にお返しするという形を取っております。

(注)目標と相関関係があり、経時的・連続的に安価に取得できるAI学習に特化したデータセットを指す。

 

培養器の前に立つ男性の写真
コンボリューショナルデータから作成された予測モデルで最適制御を行う

(NEDO 川上)
まさしく、NEDOにおいても、構築された体制と、各社をデータで繋ぐ全体の仕組み・ビジネスモデルを評価し、採択させていただいた経緯があります。具体的に、データ共有のための契約交渉を進められる上ではどういった点に留意されたのでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)

プロジェクトの成功理由の一つでもありますが、共同で新たに取得した培養データそのものは菌を提供した企業とデータ取得システムを提供した当社で共有し、それを学習したAI(予測モデル)は秘密情報として扱いつつも双方自由に自己実施可能としたことで、我々は各社の知財権を保護しながら、その成果を最大限産業の発展のために自己実施できるようにすることを心掛けました。データを出すことやそれを学習したAIを双方が自由に使えるようにすることに対して消極的な企業の方もいらっしゃいましたが、NEDO事業の一環であるという位置づけや、データサイエンティストの力で自社内のデータを有用な成果物にできるといったように事業の価値をわかりやすく伝えることで、データとその成果物の共有と双方の自己実施に賛同していただくことができました。やはり各社様においても、自前ではこうしたデータ活用をやりきれないところ、良いタイミングでこうしたプロジェクトの声がかかったといった想いがあったかもしれません。

とはいえ、初めての試みでもありましたので、前述のとおり環境共創イニシアチブ様の産業データ共有促進事業の期間中にはまず数社で契約交渉を進め、NEDOの事業期間中に本格的に展開を進めさせていただく形を取りました。こうした形で展開を進められているのは、やはり単発で成果を出し切れずに終わらないよう、経産省も含めて国全体として長期的目線で支援してくださったところが大きいのかなと考えております。

  NEDO川上さん 男性の顔写真   


(NEDO 川上)
ありがとうございます。NEDOとしても、貴社でこうした仕組みを構築されたことで、NEDO事業においても研究開発が順調に進展し、様々な成果に繋がっていると考えております。

業界初!本格的な多次元データ×AIで微生物培養手法の最適化

(NEDO 川上)
研究成果の観点では、従来のバイオ生産現場では活用されていない複数のセンサを使ったコンボリューショナルデータ(Conv. Data)の収集が本事業のユニークな点として期待しているのですが、どういった成果が得られておりますでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)
今回の成果として大きなものとしては、事業の支援を受けてセンシングデバイスを整備させていただいたこともあり、従来バイオ生産現場では取得されてこなかったタイプの培養データを取得できるようになったという点が挙げられます。センシングデバイスから得られるデータは培養時系列についての多次元データで、その複雑さから特にバイオ生産の文脈での効果的な解析は挑戦的な課題です。今回のNEDO様の事業ではこうしたデータを集積して機械学習と組み合わせることで、従来の培養より格段に多くの情報を利用でき、微生物の動態把握につながることが期待できます。

 


今回の事業で開発したセンシングデバイス

(ちとせ 切江さん)
また、事業を通して業界共用データの基盤も整備することができた点も大きな成果です。優秀なデータサイエンティストを採用するためには、予め解析しやすいようにデータ基盤を整えておくことが不可欠です。

機械学習モデルにより最適制御の提案を示す図
機械学習モデルにより最適制御の提案がなされる

成果を社会に実装し、業界全体の発展を

(聞き手)
――お話を伺っていると、本NEDO事業によって、データ基盤に収集したコンボリューショナルデータ(Conv. Data)により、最適な培養手法を予測するAIシステムを開発できたという成果が着実に生まれてきていると認識しており、NEDO事業に採択されたこともうまく活用して連携の枠組みを構築された印象ですが、貴社の事業の成功要因は何だったのでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)
NEDOの事業に採択されたことで、業界内への連携の声掛けが容易になった点は大きいと思われます。また、今回の事業に関しては、公募の制度設計上スタートアップ側がイニシアティブを取りやすい形となっていたことから、当社が率先してデータ利活用合意における交渉の前面に立つことができたのかなと感じております。当社が責任を持ってデータ基盤収集やAIシステムのあるべき姿を定義し、他の企業様の声も積極的に取り入れながら、最終的に経済的に自走しうる形を見据えて活動することができているのかなと感じております。

(NEDO 河﨑)
是非、今後の事業化の予定や展望についても伺えますでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)
まずはバイオものづくりの革新のため、協調領域を重視しながら業界全体にメリットあるような取組を続け、しっかり経済的に発展し続けるよう進めていきたいと考えております。NEDOにバイオモノづくり実装化プロジェクトの支援もいただく方向でございますので、そちらのプロジェクトの中で培養のデータ収集・制御の自動化など、本格的な事業展開を見据えた活動を進めていきたいと考えております。

NEDO事業活用のメリット

(聞き手)
――実際に事業に取組まれたお立場からは、どういった意義がNEDO事業の支援から見えてくるとお考えでしょうか? 

(ちとせ 笠原さん)
前述のとおり、NEDOの事業には、業界内で中立的な立ち位置を築いているスタートアップが主体となってデータ連携を推進することに国からの支援として金銭的なインセンティブがつく制度設計になっていることで、当社が経済的に自立したビジネスとして成果を社会実装することに責任を負いつつ、各社を巻き込んで業界全体の発展にコミットする形での事業展開が進めやすかった面はあったかと感じております。

(NEDO 工藤)
ありがとうございます。今回の事業では、スタートアップと大企業の連携促進を狙った公募の設計を行いましたので、こういった工夫が貴社のお役にたったようで良かったです。
その他、NEDOの支援を受けられたことで生まれた効果はありますでしょうか?

(ちとせ 笠原さん)
NEDOの展示会への出展や本件コンテンツなどで露出が増えている関係から、徐々に引き合いが増えていると感じております。今回のNEDOの事業のような支援はぜひ今後ともご継続いただきたいと考えておりますが、今後より多くのステークホルダーが関わるデータ共有基盤を用いた事業を立ち上げるとなると、より長期・大型のものとなりますので、ぜひNEDO様におかれましても、長期的なスパンでの継続支援の実現といった点を期待させていただければと考えております。

(NEDO 工藤)

承知しました、今後の参考とさせていただきます。
展示会と言えば、先日のBioJapanでは、貴社ブースに来場者が途切れることなく訪れており、非常に注目を集めていると感じました。今後はNEDO事業に参加している企業以外にも成果が展開されていくことを期待しております。
本日はありがとうございました。

FACE

 ちとせ研究所笠原さん 男性の写真

ちとせ研究所 バイオ生産マネジメント本部長執行役員 笠原 堅さん

博士(薬学)。2007年に東京大学薬学系研究科博士課程修了、ちとせ研究所入社。微生物・菌叢の動的なマネジメントシステム開発にプロダクトオーナーとして参画。業界として培養データの利活用を促進するための基盤作りも推進。 

 ちとせ研究所切江さん 男性の写真

ちとせ研究所 バイオエンジニア 切江 志龍さん

博士(農学)。2021年に東京大学農学生命科学研究科博士課程修了、ちとせ研究所に入社。データサイエンティストとして主にバイオ生産マネジメントシステムの開発に携わる。 

 NEDO工藤さん 男性の写真

NEDO IoT推進部 主任研究員 工藤 祥裕

2004年NEDO入構。Connected Industries推進のための協調領域データ共有・AIシステム開発促進事業プロジェクトマネージャー。
手に持っているのは、今回の事業でちとせ研究所が開発したセンシングデバイス。

 NEDO川上さん 男性の写真

NEDO IoT推進部 専門調査員 川上 善夫

2020年NEDO入構。Connected Industries推進のための協調領域データ共有・AIシステム開発促進事業において、ちとせ研究所を担当。

 NEDO河崎さん 男性の写真 

NEDO IoT推進部 主査 河﨑 正博

2021年NEDO入構。Connected Industries推進のための協調領域データ共有・AIシステム開発促進事業において、調査事業を担当。 

所属や役職については、取材時のものとなります。

取材:アーサー・ディ・リトルジャパン 吉岡、竹内

 

MOVIE

バイオ生産イメージの写真 
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